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着付けとセルフマネジメント

よく生徒さんから『毎日着物で大変じゃないですか?』と聞かれます。

確かに洋服よりもはるかに時間がかかります。

 

そういう意味では大変なのですが…

『着物を着る』という一連の行為は、セルフマネジメントにとても役に立つのです。

着物を着るためには、たくさんのタスクを同時進行させねばならないからです。

 

《着物を着るためのタスク》

●時間のマネジメント

→家事を早めに済ませる

→食事を早めに摂る

→歯磨きを済ませる

→トイレも済ませる

→持ち物を揃える

●着物用品を揃えて順番に並べる

●ヘアスタイルを整える

●気持ちを整える

 

どうでしょう?

これ、仕事に似てませんか?

準備を整えて、さらに気持ちも整える。

 

気持ちが整っていないと着物はきれいに着られないのです。

技術だけではダメなんです。

 

そう考えると、着物を着ている段階から、すでにお稽古は始まっているのですね。

着ているうちに気持ちが整ってくるのが理想です。

 

そしてやっぱり準備が大事です。

準備を怠ると、途中で必ず着崩れを起こします。

 

『私は途中でアレがない、コレがないって探しちゃうんですよねー。そうするとどんどん崩れてくるんです』

とおっしゃっている生徒さんにお会いしたことがありますが、やっぱり着崩れていました。

 

着崩れを起こすと、精神的にも余裕が無くなってイライラし始めます。

こうなると、もう大変! 何度やっても裾が決まらない。

帯が決まらない。

そしてもっとイライラ… 更に悪いことには、イライラしているのが、周りの人にも分かってしまうのです。

 

これでは何のために着物を着ているのか分からなくなってしまいます。

せっかく努力しているのですから、細かいところまで気をつけていただきたいのです。

 

では、準備も気持ちも整えてから着物を着ると、どうなるのか?

 

●着ている途中の姿が美しくなります。

●どの瞬間を見られても恥ずかしくない自分になれます。

●気持ちに余裕が生まれ、それが自信へとつながります。

 

すると…

 

歩き方も、立ち方も、座り方も、すべての所作が美しくなります。

自分に自信があるので、素直になれます。

知らないことは素直に『知らない』と言える。

出来ないことは素直に『できない』と言える。

人のことを素直に『すごいね』と褒めることができる。

 

どんな相手でも素直に振る舞えるので、好感を持たれます。

どんなことにも前向きに一生懸命になるので、人として信頼されます。

 

着付けによって、美しくなるだけでなく、仕事の出来る女性になることもできるのです。

気持ちの面も意識して、どうぞ着物ライフを楽しんでみてくださいね😉

 

by工藤さやこ

和菓子作り

〇〇小学校の料理クラブの生徒さんに日本の食の文化に少しでも触れるきっかけになってくれたらいいなぁと思い和菓子作りを体験していただきました。

 

 

 

去年も行いましたので2回目です。

男の子も参加していました。

作ったのは11月の半ばでしたので練り切りの「初霜」

 

 

 

完成です!とっても上手!!

 

 

2つ作って1つは食べていただき、そしてもう1つは和菓子ケースに入れて持ち帰っていただきました。

 

あっという間の1時間。

モチーフが葉っぱということで、生徒さんたちがイメージを持ちやすく楽しく取り組めたそうです。

 

和菓子に対して興味を持っていただけると嬉しいですネ(^▽^)/

 

 

 

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バレリーナ吉田都さんから学ぶステキな大人女子のあり方

世界的バレリーナ吉田都さんが現役から引退されました。現在53歳。年齢を感じさせない軽やかな身の動き。本当にステキ💕

 

私はバレエには詳しくないのですが、テレビで吉田都さんをたまたま拝見し、ステキだなぁ💕と見入ってしまったのでした。

吉田都さんからは自立した真の大人女子のオーラを感じます。

 

私たちが吉田都さんから学べることは何か?

 

吉田都さんが高く評価されている理由の一つが

『奇をてらわないシンプルで正確な動き』

だと言われています。

 

これを真似します!

●奇をてらわないシンプルで正確な動き

 

この『シンプルな動き』というものを日常生活のレベルに当てはめて考えます。

●ご自分の動きに無駄はないか?

●あるいは言葉に無駄はないか?

 

すると…

あるのですよ。

びっくりするほどあるのです。

私は動きも言葉も無駄だらけでした。

 

では、なぜ無駄な動きや言葉が大人女子にはNGなのでしょう?

 

無駄な動きや言葉に幼児性を感じるからです。

 

実年齢は、40代〜50代の十分に大人の女性が幼児性を発していたら、どうでしょう?

不気味です。

 

『悪いこと何にもしていないのに、なぜか私は人から避けられているみたい』 と思っていた時期がありました。

他にも理由があったかも知れませんが、この幼児性も理由の一つであったろうと推測します。

 

その時の私には『大人女子』の概念など微塵もありませんでした。

 

動きも言葉も無駄だらけ。

この無駄、どうして生まれるかと言うと…

注目されたいから。

つまり承認欲求です。

『見て見て!私はここにいるのよ』

『私の意見を聞いて!』

『私は今、こんなことしているのよ!』

 

『私』『私』『私』のオンパレード。

これでは周りの人は疲れてしまいます。

 

この私心を取り除くには、または抑えるには、

逆の行動するしかありません。

 

●動きも言葉もミニマムに

 

必要最小限を心がけましょう。

代わりに受け止める力を磨いていく。

すると、少しずつ周りの反応が変わってきました。

もしも皆様が以前の私と同じような境遇におられましたら、ちょっと気にしてみてください。

 

by 工藤さやこ

今日は趣味の話ー古典文学ー徒然草(5)古人との語らい📚

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《第13段》 ひとり燈のもとに文をひろげて見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。

 

いにしへのは、あはれなること多かり。

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ああ、兼好さんもそうだったのね…

この段を読んで、兼好さんをぐっと身近に感じました。

 

と、言うよりも… かつての日本人は古典に精通しているのが当たり前であったそうです。

平安時代の貴族たちは、古事記、日本書紀、万葉集、古今和歌集を、スラスラと暗誦できることが素養の一つであり、且つ出世の条件だったと思われます。

兼好さんは、鎌倉時代から室町時代にかけての学者ですが、古典に精通していることが教養と能力を示す絶対条件であることは、平安時代から変わらぬ概念なのでしょう。

その概念は江戸時代になっても変わらず、松尾芭蕉なども古典からの引用を敢えて崩すということをしていると言います。

詠む方もそれを心得ていて、その意外性を楽しんでいたとのこと。

日本人ってすごいな。

これが歴史を持つ国の素晴らしさなのだなぁ…としみじみ思うのです。

 

兼好さんはこの時、老子の書物などを読んでいたようです。老子と言うと中国の春秋戦国時代の哲学者。

ああそうか。漢語を思いのままに操ることも教養とされていましたもんね。

 

でもこの時の兼好さんの言葉は、教養を身につけるために読んでいる感じはなくて、心から古典を楽しんでいる感じ。

この脱力感も、とっても好き😊

 

兼好さんが『昔のものは良いなぁ…』と書いたものを、約600年後の私が今読んで『昔のものは良いなぁ』と思っている。

その途中にも同じように『昔のものは良いなぁ』と思っていた人が沢山いてバトンを渡すように現代に残っている。

それを思うと、奇跡的なような、ロマンチックなような、不思議な気持ちになります。

 

そして古典の言葉の響き。

まるで音楽を聞いているかのよう。

心の深いところに届く音。

日本人に生まれて良かった…

古典に触れている時、いつもしみじみと思うのです。

 

 

by 工藤さやこ

今日は趣味の話ー古典文学ー徒然草(4)形から入る📚

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《第85段》
偽りても賢を学ばんを賢と言ふべし
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兼好さんは『形から入ればいいんだよ』
と度々言っています。

 

『気持ちが込もっていない』なんて攻める必要はない。自分のことも他人のことも。
成果を出したその時だけを評価するのではなく、出そうとするその『こころ』を褒める。
あるいは、この言葉をお相手に話してあげてもいいかもしれない。
自分に自信のある人なんて滅多にいないから。

 

この言葉の前には分かりやすい例が挙げられています。
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狂人の真似とて大路を走らば、すなはち狂人なり。
悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。
驥を学ぶのは驥の類ひ、舜を学ぶは舜の徒なり。
偽りても賢を学ばんを賢と言ふべし。
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ああ、本当だ。その通りだなぁ。

 

なりたい自分を思い描くだけでも良いのですね。
まずは真似から。形から…

 

 

by 工藤さやこ